2017年5月16日火曜日

しかにしかられなみだあめ





 女峰山(2483m)へは2014年に山頂まで2回行きましたが、去年と一昨年は機会がありませんでした。所要時間が日帰りできる限界に等しいからです。
昨日(5月15日)は女峰山の中腹にある箱石金剛・竜巻山(2224m)まで行くつもりでした。鹿沼を過ぎると雨の気配が濃厚になってきました。きっちり雨装備をすれば逆に雨は降らないかと思って日光消防署の隣にある公園の東屋で準備しました。神橋まで歩かないうちに雨が降って来ました。
輪王寺職員駐車場の向かいは空き地になっています。道路脇のモミジの枝葉が揺れたので見てみると雌鹿がむしゃむしゃと葉を食べていました。シカがモミジまで食べてしまうとはしかと知りませんでした。近寄って「ねぇねぇ遊ぼうよぉ」と言ってみましたが食事に忙しく”しかと”されました(笑)。目近で動画(草々鹿々1草々鹿々2)を撮っていると時々頭突きをするような感じでカメラを威嚇していました(^^;)
標高1000m~1300mあたりにはヤマツツジなどが群生しています。この辺りにいるシカは笹を踏む音でさえ素早く逃げて行きます。たいてい100m以内には近づけません。ツツジはまだ殆どが蕾か蕾さえでていない状態でした。
霧が濃くなってきました。むしろもっと雨が強く降った方が見通しは良くなるのかもしれません。”水呑”と彫られた石標のある辺りでなんだか歩くのが面倒になってしまいました。雨だったり体調が悪いときにいつも引き返す”あんぽんたん戻り岩”はずっと先です。まだ午前11時を過ぎたばかりです。
登山道を離れ沢まで下りてパンを食べ帰途につきました。濡れた笹原を掻き分けて探すには面倒なので寂光石には寄りませんでした。かわりに登山道からはだいぶ離れた所にある二つ目の殺生禁断石まで回り込みました。
帰りはこれから上って行く中年夫婦と単独オヤジとの3人にすれ違いました。





2017年5月14日日曜日

あののろしのしののろいしあわせ





 今日(5月14日)は、先週出掛けた篠井富屋連峰よりも宇都宮の市街地に少しだけ近い男抱山へ行ってみることにしました。
交通費を片道600円近く節約できるのでJR宇都宮線ではなく東武宇都宮線に乗りました。日曜日になると男体山へ行くナンタイシロオヤジがそろそろ現れるのではないかと思っていましたが今回は姿を見ませんでした。
東武宇都宮駅には午前7時13分の到着です。山王団地行きのバスは東武駅前バス停を7:35通過予定なので駅周辺を探険していたらソープランド街に入ってしまいました(^^;)
終点の山王団地までバスに乗っていたのはわたしだけでした。午前8時2分の到着でバス代は610円でした。
男抱山登山口近くにあるコンビニに「那須どうぶつ王国」のバスが入り運転していた女性がコンビニに入りました。バスにはなんだかとても大きなぬいぐるみが積まれているように見えましたが本物の動物でした。
登山口からは30分とかからず午前8時40分には男抱山頂(338m)に着いてしまいました。登山口からの高低差は150mくらいです。曇り空ですが遠くまで見えました。視界360°です。
すぐに中年の夫婦らしき二人がわたしの後から着いたので方角を確認しないで上ってきた側と反対側へ下りてしまいました。男抱山はツインピークスでもう一方を「富士山」と名付けているようでした。どうもまるで違う方へ下山してしまったので道のない別の尾根から再び山頂へ戻りました。富士山頂には3人ほど人の姿が確認できました。この人達は、わたしが到着してもまだ富士山頂にいました。
少し引き返して鞍部から半蔵山ハイキングコースに入りました。まだ午前9時45分でした。そこから50分ほどで半蔵山頂(502m)に着きました。
来た道を引き返すのもつまらないと思えたので寅巳山の東にあった雷電山の方へと北上することにしました。「鉄塔経由石那田」という表示があった方へ進みました。午前11時くらいに鉄塔の土台に腰掛けて昼食にしました。初めて”ゼロカロリーのカルピスすっきり沖縄海塩使用”という飲み物を持っていきましたが全然お好みの味ではありませんでした。カルピスウォーターより少し値段が安かったので3本買ってしまいました。
この鉄塔の先を西へ向かえば林道から石那田町へ出たはずですが北西にあるP425の方へ進んでみました。これが大間違いで道らしきものはなく上りも下りも大変でした。平均台の上を歩くみたいに尖った岩の上を進み、落ち葉の表層雪崩で何度も滑り倒されました。
午後0時半くらいにやっと日光宇都宮道路に突き当たりました。これを越える隧道を探し「榊里」というバス停に出ました。まだ帰るには早い感じもしましたが10分後に来たバスに乗りました。もうすっかり雷電山まで行く気はなくなってました。
男抱山には悲恋伝説があるとのことなのでネットで調べました。かなわぬ恋だったのに縁切りではなく縁結びへと変容したのは何故なのでしょう、、。

『元禄乙女の初恋物語』
この話は元禄時代(1688~1704)のものとされています。
白沢宿に、きし江とよぶ美しい乙女が住んでおりました。たまたま日光街道徳次郎宿の西根に江戸から甚九郎という男が移り住み、ときおり白沢宿へ呉服の行商にやってまいりました。そして、きし江と愛し合うようになりました。
甚九郎は江戸に妻子を残している身です。きし江は乙女心の純情さで「惚れて通えば千里も一里」の 諺通り、白沢から天王原、猿田山峠を越え、横倉を過ぎ徳次郎まで三里の道も遠しとせず、足しげく甚九郎の元に通い続けるようになりました。
村人たちは「あれ、いたずら娘よ」・「不義な娘よ」と噂しましたが、きし江の一途に思いつめた恋心は微動だにしませんでした。
きし江は恋の思いのかずかずを、いくつもの巻紙に書いて宿の台山に登り、明け六つを期して燃やし、密かに心を慰めておりました。
甚九郎はこの紫色に立ち昇る煙を男抱山の頂から遙かに望んで、きし江の心を確かめることができました。
たまたまきし江の家に出戻りの姉が居て、妹の毎日やっていることを不審に思い、恋文を盗み読んで、巻紙に少し水を注ぎよく燃えないようにしておきました。それとは知らず明くる朝、きし江がいつものように巻紙を燃やしたところ、煙は白く立ち上がるばかりでした。
甚九郎は、その白い煙を山頂から眺めきし江の心変わりと考え、荷をまとめ江戸に旅立ってしまいました。
きし江は事の次第に驚いてかけつけましたが、甚九郎の姿はすでになく、白沢宿の方向に白い煙が見えるばかりでした。
甚九郎の心変わりと感じたきし江は、嘆きの余り三日三晩食もとらず、徳次郎はずれの男抱山の頂で、はかない露と消えました。
村人たちはきし江の純情にいたく同情し、山頂に祠を建て、悲恋の乙女をねんごろに弔いました。
その後、男抱山頂の社は男抱山神社となり、縁結びの神とされ、娘が秘かに詣でて「かなわぬ想いの相手の方向を望めば、不思議にその恋の想いは届く」と伝えられています。今でもその信仰は絶えていません。この山は下徳次郎、西根の奥の静かな山であります。
(https://plaza.rakuten.co.jp/suomi2005/diary/200501060000/ からの転載です。もともとは河内町広報誌「ふるさと探訪」(昭和58年連載)によるものとのことです。言葉遣いを一部書き換えました。)





2017年5月13日土曜日

じょそんだんぴ

毎回とても開催を楽しみにしていますが4月29日(正確には4月30日)24:30から阿佐ヶ谷ロフトAでの「第16回東京電撃映画祭」には都合で行けませんでした。なので当日配布されたDVD『未来世紀アマゾネス』はアマゾンに予約して今月初めに手に入れました。なかなか時間がとれなくて、昨夜やっと観ました。

「未来世紀アマゾネス」について解説するならば、本作はタイトル通りの近未来設定であり、性犯罪の厳罰化と男性草食化と女子力アップによる少子化で人類滅亡の危機に瀕するデストピアものである。あ、誰だ誰だ。またかなどと言うヤツは。うむ。実は自分でもまだこのネタをやるのかと思わないでもないのだが、いかんせん世の中が相変わらず一定方向に滅亡への道を転がり続けているのだからこちらとしても手を変え品を変えて同じ主題を叫ぶしかないのである。舞台となる女尊(アマゾン)シティには女しかいない。男は男であるというだけで罪であり、逮捕監禁されて去勢される。睾丸は人工授精の種として回収され、陰茎はレズビアンプレイ用バイオディルドの生体材料となる。ペット男子調教用のバイオムチになることもある。ただしペットとして生かされるのはイケメンだけであり、それ以外は屠殺され缶詰の材料となる。つまりたいていの男は文字通り女の食い物にされてその命を終えるのである。何だその程度のヒネリか現実と何も変わらないじゃないかとお嘆きの貴兄も多かろうが、そこは暗黒未来の行く末を見届けて溜飲を下げていただければよかろう。女どもの暴虐に対抗する術はなく、我々には虚構世界に引きこもるしか逃げ道は残されていないのだから。(監督・友松直之)

友松直之監督作品は2013年2月3日付けのブログで『レイプゾンビ』を紹介してます。

2017年5月11日木曜日

どらみちゃんはいませんか?





 幹線道路からだいぶ入ったところにミニ開発された感じの住宅地があります。昔からここに集落があったわけではなさそうです。田畑にならない荒れた傾斜地だったのかもしれません。寅巳山の登山口はこの住宅地の奥にあるようです。
バブル期よりも前から存在するのか「案内図」はだいぶ古びていました。この看板の下に小さな「寅巳山登山口」という表示がありますが見落として直進してしまいました。ネットで調べたら三重塔があるとのことでした。これも気付かずに通り過ぎていました。帰りに探したら東照宮などにあるような塔ではなくて四角い三階建ての廃屋でした。入口はコンパネを釘で打ち付けて塞がれていました。
大きな注連縄のある神社まで行ったところで間違った方向に来ていることに気付きました。地形図と実際の道が一致しません。いわゆる”団地マジック”というつくりで、この住宅街へ出入りする道は一本しかないようでした。建て直したのか意外と新しい家が多いように思えました。一方で持ち主の名前の書かれた雑草が生い茂るままの空き地もいっぱいありました。しばらく歩き回って登山口が見つかりました。
住宅地に近いところにある低山はたいてい団塊爺婆の散歩道になっていますが、ここにはそんな気配が皆無でした。わたしが見失って迷っただけかもしれませんがすぐに登山道らしきものは途切れてしまいました。適当に上ってゆくと「下山道」という表示がありました。
登山口から30分とかからないで山頂(445.8m)に着きました。帰りのバスは14:49発なのでまだ一時間ちょっとありました。山頂の近くには空堀がありました。昔々、、山城をつくろうと寅年に着工して完成しないまま4年過ぎ、断念したのが巳年だったという言い伝えがあるそうです。
山の中では誰にも遭いませんでしたがバス停へ戻る途中で農家のおっちゃんとすれ違いました。寅年にはけっこう登る人がいるのだと言ってました。
自販機でコーラを買ったりして時間を潰しました。宇都宮へ戻るバスは何時なのかなぁとバス停の時刻表を覗き込んだとき背後にバスが駐まりドアが開きました。なので結局、宇都宮から帰ることになりました。徳次郎交差点は午後2時53分に通過しました。次は山王団地あたりのバス停から「男抱山」へでも行こうかと思います、、。





2017年5月10日水曜日

めしもりやまでめしくわず





 高館山頂(476.7m)に着いたのは午前8時47分、青嵐峠の通過は午前9時12分でした。地形図では峠越えの道があるように描かれていますがよく分かりませんでした。飯盛山はきっと茶碗にご飯を大盛りにしたような形なのかもしれません。急坂なのでロープが張られていました。午前9時38分に山頂(501m)に着きました。
本山の山頂(562m)近くで初めて人に遭いました。二十歳前後の男女で、女の子のほうがロープのある岩場を下りられなくて暫く待たされました。通って見ると僅か数メートルの急な斜面でもない場所でした。山頂から戻って来たらその少し先にもっと通り易い道もありました。古賀志山から鞍掛山へ向かう道よりも距離は倍くらいありそうでしたが、中徳治郎バス停からまだ3時間しか歩いていません。ほとんど危険な箇所はありませんでした。
男山(527m)を経て午前11時10分に榛名山頂(524m)に到着しました。今年になって登った100番目の山となりました\(^^)/ 昨年は12月4日になってやっと100座達成(重複を除く)でした。
山頂の近くで昼食にしていたら飯盛山の方へ向かったはずの先ほどの男女が来ました。続いて高齢の爺さんが来て「こんにちは」と言うので同じように「こんにちは」と返しましたが耳が遠いのかムキになったような大声で怒鳴るようにまた「こんにちは!!」と言ってました。
正午には鋪装道路に出ました。そして午後0時49分に松本バス停に着き時刻表を見ると「12:47」のバスがありました。まだ通過していないかもしれないと思い5分待ちましたが来ないので諦めて歩き出そうとしたら遠くにバスが見えました。二つ目の山口バス停まで乗りました。バスに乗っていたのは2、3分でバス代は160円でした。バスはほぼ1時間に1本なので2時間後のバスで下今市駅から帰るという予定にして寅巳山へと向かいました、、。





2017年5月9日火曜日

ていめいするはわれにあり



 GW最終日の5月7日にまだ未踏な場所で人の居ないお出掛け先ははないものかと探しまして、物足りなそうですが寅巳山(446m)にしようかと思いました。山頂は宇都宮市にあるのかもしれませんが山の半分は日光市のようです。最寄り駅はJR日光線・下野大沢駅です。さらに遠い東武日光線・明神駅から歩くつもりでしたが国土地理院2万5千分の1地形図「下野大沢」を見ていたら東の方に「篠井富屋連峰」というなんだか凄そうな処を見つけました(^^)v
随想舎・刊『栃木の山150』というガイドブックでは一里塚バス停・子どものもり登山口から入り榛名山、男山、本山、飯盛山、高館山、黒戸山、兜山の徳治郎バス停までのコースタイム6時間20分です。この本では「南下するのが楽」となっていましたが余裕があれば寅巳山へも行く都合で北上することにしました。
調べたら「徳治郎」というバス停は存在せず「中徳治郎」でした。日曜日だとJR宇都宮西口を午前7時ちょうどに出発する日光東照宮行きのバスに乗らないと次は一時間半後の8:30発です。わたしの場合、、JR宇都宮駅へは東武宇都宮駅へ行くよりも540円くらい交通費が高くなってしまいます。でも東武宇都宮駅に最も早く到着できても7:13なので、東武駅前を7:07に通過するこのバスには間に合いません。
徳治郎の交差点(標高194m)はローマ字では「Tokujiro」と表記されていましたが、バス内の電光表示は「Tokujira」でした。そんなわけで「なかとくじら」バス停には午前7時半くらいに到着しました。バス代は630円です。
バス停から15分くらいで登山口に至る林道(毘沙門高館線)がみつかりました。その林道は途中で分岐して標識は左が「中徳治郎登山口」で右が「黒戸山 高館山」となっていました。地形図では林道の南東側に兜山(372m)がありますが『栃木の山150』ではそれを「鬼山」とし北西側のP372を兜山としています。
分岐を右へ入ったせいなのか兜山へ至る道は見当たらないまま午前8時20分に黒戸山頂(412m)に着きました。今年になってから95番目の山頂通過(重複を除く)です。



2017年5月8日月曜日

きりふりあめふり









 ちょうど一週間前の5月1日は日光・霧降高原の丸山(1689m)と大山(1158m)へ行きました。
この冬はいつもより多く雪が降ったようですがスノーシューで奥日光を歩きませんでした。昨年は5月中旬に男体山へ登れましたが今年はどうなのでしょう?電車のダイヤ変更に伴ってバスの運行時刻も変わったようなので、まずはバスの時刻表が載っているパンフレットを駅で貰っておきました。
また大気が不安定という天気予報でした。霧降滝バス停では迷彩柄の望遠レンズ付きカメラを抱えたニコカメクロオヤジの姿がありました。電車に乗っていたのは4月29日でしたので日光に二泊したようです。すぐ先のバス停で降りてしまいました。
つつじヶ丘のあたりは桜が満開でした。東武日光駅前からバスで26分、午前8時6分に霧降高原に着きました。バス代は720円、標高は1345mです。以前は「キスゲ平」となっていたところが「小丸山」に変わっていました。最初に赤薙山(2010m)まで行くつもりでしたが北側斜面にはまだ残雪が多く、午前9時前にもう雨が降ってきてしまったので止めました。
植物にも体温がある(?)ということなのか笹の生えているところの残雪は少なくて登山道のところだけ多く残っていました。雨は強く降ったり小止みになったりしていました。
妙に明るかったマックラ滝、玉簾の滝、丁字滝を見て帰りはバスに乗らず駅まで歩いてしまいました。それでも電車が出るまで時間があるので虚空蔵尊にある枝垂れ桜を見に行きましたがすでに花は終わっていました。杉の大木が伐られてここも妙に明るくなっていました。
JR日光駅に見たことのない車輌がありました。帰ってからテレビのニュースで、この日から営業を開始した「トランスイート四季島」という乗るのに100万円以上取られる電車だと判明しました。それでもだいぶ先まで予約がいっぱいだそうです。下今市駅では、夏から運行する蒸気機関車の回転台が完成した式典みたいのをやっていました。
鹿沼を過ぎると空は快晴でした。